アラサー隠居

都心のサラリーマンから田舎の山麓に住む「隠居」に転身したアラサー男が、孤独な生活や持病のIBS(過敏性腸症候群)にちなむ体験談、本などを紹介します。

都会暮らしへの疑問と田舎暮らしへの憧憬 隠居の理由#3

私が田舎の山麓での隠居じみた生活を選んだ理由には、都会暮らしの必要性への疑問と、田舎暮らしへの憧れがありました。コロナ禍で外出や移動が制限され、ハイレベルな人材との接点といった都会暮らしのメリットよりも、デメリットが目立つ状態に。駆け出し時代に経験して大いに楽しんだ地方生活への思いが募っていきました。

 

私は首都圏で育ち、都内の大学に進学、数年間の地方勤務を経て、新型コロナウイルスの感染拡大が始まる少し前に東京の本社に異動しました。

総じて言えば、地方より都市部での生活が長いです。ただ、人の多い場所は昔から苦手でした。他人の足音すら不快に感じたり、肩が触れ合うのが嫌で電車は席が空いていても座らなかったりするくらいですから、感覚が過敏なのだと思います。

本社に来てからというもの、社内も社外も、電車も飲食店も人だらけ。都心は、会議室もカフェも、椅子同士の間隔がとにかく狭いです。「何が楽しくて、他人と肩を寄せ合い、じっと座っていなければならないのだろう」と、ストレスを感じ続けていました。

 

「ソーシャルディスタンス」が叫ばれるようになってから“密”な状況は大分改善しましたが、それでも緊急事態宣言の解除などで緊張が緩和すると、通勤電車はふたたび満員に。在宅勤務など新たな生活様式が常態化する「新常態(ニューノーマル)」という言葉もありますが、他人との物理的な距離が近い生活が結局、変わらない可能性があることを考えると、うんざりしました。

 

もちろん、都会生活のメリットもありました。最も顕著に感じたのは、一緒に仕事をする社内の先輩や、社外の同業者、担当業務のレベルが非常に高かったことです。決して、地方勤務を卑下するわけではありません。ただ、全国に拠点を持つ企業・組織の多くが、優秀な人材や重要機能を首都に集中させているのは事実だと思います。

「やる気に満ちた青年」だった異動直後の私は、周囲の優秀な人材に引け目を感じつつも、この場所で働いていれば、充実したキャリアを積めると期待していました。

 

ところが、コロナ禍で業務がリモート化され、周囲とのリアル(現実)の接点が激減しました。

他人からノウハウやスキルを学ぶには、リモートよりもリアルの方が圧倒的に有利だと思います。また、数字などの定量データだけでなく、人の表情や言葉のニュアンスといった定性情報を扱う職業の性質上、リモートとリアルでは仕事の成果に顕著な差が出る事情もありました。仕事の学習機会や「やりがい」を喪失したことで、都会生活のメリットも大分、小さくなったように感じたのです。

 

都内が感染爆発の中心地となり、旅行や帰省もままならないなか、行動制限が厳しくない地方に在住している同僚や友人は、仕事やレジャーをそれなりに楽しんでいるように見受けられました。

ここで蘇ってきたのが、地方勤務時代の思い出でした。当時、仕事も恐らく人並み以上に楽しんでいたのですが、海や山など豊富な自然が日常に溶け込んだ生活を満喫していました。

都市部出身者の地方暮らし、あるいは田舎暮らしへの憧憬はしばしば「幻想」と言われることがあります。しかし私の場合は実体験を伴うものでした。

 

キャリアアップという都会生活のメリットを見出せなくなった以上、人口集積によるストレスや感染リスクといったデメリットを我慢してまで都会に住み続ける意義はなくなってしまいました。