アラサー隠居

都心のサラリーマンから田舎の山麓に住む「隠居」に転身したアラサー男が、孤独な生活や持病のIBS(過敏性腸症候群)にちなむ体験談、本などを紹介します。

死が迫る人は何を求める【読書ノート】「死ぬ瞬間/E・キューブラー・ロス」

 

 

参考になった知識

・死が目前に迫った人の精神は(1)否認と孤立→(2)怒り→(3)取引(神との交渉)→(4)抑うつ→(5)受容の5段階を経る。また、「希望」が各段階を通してずっと存在しつづける。

・著者が本書執筆までに会った200人以上の末期患者のうち、死が近づいているのを最後まで否認しつづけた患者はたった3人だった。

・末期患者には特別な要求がある。周辺者が耳を傾けることで、それが何なのかをハッキリさせれば要求は満たされる。

・「末期患者のためにいたずらに時間を割くのは虚しい」という看護婦もいる。末期患者との向き合い方について考えるのは、患者の家族だけでなく医療機関側の人間にとっての課題でもある。

・古代ヘブライ人が、死者の体を「触れてはならない不浄なもの」とみなすなど、「死=不浄」という考え方は古今東西に存在する。

 

感想

 米シカゴ大学で、末期患者にインタビューするセミナーを開講したエリザベス・キューブラー・ロス氏が書いた本。同氏の考察よりもインタビューの書き起こしの方が豊富で、患者の属性は「1960年代当時のアメリカ人(かつ敬虔なクリスチャンが多いように見受けられる)」と限定されるものの、末期患者とその家族が何に苦しみ、何を求めているのかを伺い知ることができる。世界的なベストセラーで、先に読んだ死に関する本「自死という生き方/須原一秀」や「納棺夫日記/青木新門」でも引用されていた。

 インタビューに目を通すと、患者が不安を感じるのは「死」そのものというよりも、死に付随する様々な不都合なのだと感じた。残される子どもや配偶者への心配。体が徐々に不自由になり、尊厳を失っていく恐怖。患者本人が死を受け入れていても、家族がそれを許さず、心にしこりが残るケースもある。キューブラー氏は、傾聴によって患者の要求を聞き出すことがそうした問題の解決につながると説く。

 同氏が提唱する死の受容への「5段階」という理論は、末期患者以外にも適用されそうだと感じた。私の場合、自分が抱えるIBS過敏性腸症候群)に対する怒りの感情は、まさにキューブラー氏の提唱する第二段階目に当てはまると気付かされた。そして改めて考えると、「怒り」を覚える以前の私は、自分の病気から目を背ける「否認」の状態にあったのかもしれない。自分がこの後、IBSに対して取引→抑うつ→受容というプロセスを辿るかはわからないが。

 なお、キューブラー氏はこの本の出版後、死後の世界や輪廻転生を熱弁するようになり、物議をかもしたそうだ。そして自身の晩年においては半身不随となり、「神を呪う」といった発言で支持者を失望させたそうである。

 NHKの特番が晩年のキューブラー氏にインタビューしており、その際の映像がYouTubeにアップロードされていた。確かに「神に頭がきた」といった発言をしているが、笑顔も垣間見えて、それがユーモア的な演出とも、自嘲ともとれなくない。幾人の死に立ち会い、人々に死との向き合い方を説いてきた同氏だからこそ、自身の死に際して聖人君子的に浮世離れしてしまうのではなく、死に付随する不自由や不都合に対して「俗っぽく」向き合ったのではないだろうか。

 

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