アラサー隠居

バンライフ、旅、持病のIBS(過敏性腸症候群)、読んだ本などについて

寄付で心の痛みが少しだけ和らぐ

 2022年1月から3月にかけて、静岡県の御殿場から四国まで自らの脚で走る「RUN TO SHIKOKU」で走ったキロ数×10円を「あしなが育英会」に寄付してきましたが、この旅は既に終えてしまったので、4月からは毎月500円を同会に寄付することにしました。

 

kizenarui.hatenablog.jp

 

  寄付を始めてから、働かずに道楽の旅をしていることによって感じる社会に対する後ろめたさが少し軽減した気がします。そして、日々の凄惨なニュースを目にした時の心の痛みが少しだけ和らいだようにも感じます。  

 

 凄惨な事件を知ったとき、事実そのものにショックを受けると同時に、「何もできない自分」にもどかしさと苛立ちを感じます。そうした自分の不甲斐なさが、寄付をしていることで少しだけ和らぐのです。

 

  そういう意味では、あしなが育英会が取り組んでいる「遺児支援」というのは、広範な社会問題に通じるテーマだと感じました。例えば、災害によって何人もの命が奪われる。このこと自体が悲しいことではありますが、亡くなった人のうちの誰かが「親」であれば「遺児」も発生しているわけです。

 

  また、センセーショナルな事件を起こした犯罪加害者の生い立ちを見ると、片親で経済的にも愛情的にも恵まれない家庭で育ったなど、同情すべき家庭環境であることは少なくないように感じます。遺児支援は、未来の犯罪加害者、そしてその被害者を減らすことにもつながっているかもしれません。さらに、最近のロシアのウクライナ侵攻でも、多くの軍人や民間人が亡くなることによって、ロシア・ウクライナ両国で多くの子供たちが遺児となってしまっていることと思います(あしなが育英会は海外の遺児支援も展開しているようです)。  

 

 こういった視点で世の中を眺めるようになったのも、寄付というかたちで慈善活動に参画した影響かもしれません。私は自分自身が遺児であったにも関わらず、今現在困っている他の遺児を助けようという気概がなかったのです。「寄付」という行為を誰かに勧めるわけでもないですし、そもそも私はそういう立場にないのですが、以上が個人的な感想です。