アラサー隠居

バンライフ、旅、持病のIBS(過敏性腸症候群)、読んだ本などについて

意外と耐えられる車中泊ストレス

 2021年12月にバンライフを開始してから4ヶ月以上が経った。HSP(High Sensetive Person=敏感過ぎる人)の気があり、特に音に対して神経質な私にとって、当初は毎日の車中泊生活に耐えられるか不安もあったが、今のところ快適に過ごせている。そして、車中泊のストレス要因として一般的にあげられる「近くの車のアイドリング音」や「地面の傾斜」といった外部刺激のなかでも、「自分はあまり気にならない刺激」と「苦手な刺激」の区別が分かってきた。車のアイドリング音など「持続的・規則的な刺激」はあまり気にならないが、外で交わされる他人同士の会話など「不規則な刺激」は苦手だ。

 

 あまり気にならない刺激

  • 近くの車のアイドリング音・・・流石に、真横で大型トラックが長時間アイドリングしていたら不快かもしれないが、周辺のトラックや乗用車のアイドリングはあまり気にならない。
  •  地面の傾斜・・・左右や、寝るときに脚側が沈み込むような方向の傾斜であれば気にならない。頭側が大きく沈み込むような方向の傾斜だと気になるが、そういう時は車か体の方向を変えて寝ている。
  •  車のルーフに打ちつける雨音・・・意識すればうるさいと感じる時もあるが、自然と意識しないようになっている。

 

  苦手な刺激

  • 他人同士の会話 ・・・深夜にたむろする若者の会話、地元住民同士の会話、隣に駐車しているキャンピングカーの団欒など、車の中にいても聞こえる外の会話は全般的に気になってしまう。

 

雨音は意外と気にならない

 

   「あまり気にならない刺激」と「苦手な刺激」の違いを考えた結果、あまり気にならない刺激は「持続的・規則的」で、苦手な刺激は「不規則」だということに気付いた。車のアイドリング音も雨音も、持続的に鳴っているものだ。地面の傾斜も、一度その場所に駐車したら変化するわけではない。半面、他人同士の会話は不規則だ。

 

  車中泊とは関係ないが、私はランニング時、「強い雨」よりも「強い風」を不快に感じる。これもやはり、雨は規則的で、風は不規則だからではないか。

 

  ではなぜ不規則な刺激に強いストレスを感じるのか。そもそも、人の感覚は「変化しないもの」より「変化するもの」に優先的に注意を向ける傾向があると思う。ボーっと目の前の景色を見ている時、鳥が飛び立てばそちらに目がいくし、音楽を聴いている時、一定のリズムを刻むドラムよりもソリストが奏でる旋律に耳を傾けるのが一般的ではないだろうか。  

 

 さらに、私個人の感覚としては、不規則な刺激が「予測通りにいかない」ことにストレスを感じているように思う。人の会話も風も、どのタイミングで発せられ、どのような強さでいつまで続くのかは不確かだ。これまでの流れを読むことである程度の予測は立てられるが、その予測と違う結果がもたらされた時に「予測と違った」というストレスが生じる。極端な話、外で交わされる他人同士の会話に台本があって、終了時間も決められているとする。これを自分が予め把握していて、その通りの結果になればストレスを受けないのではないか。私は無意識的に次の刺激を予測して、その通りにならないことに不快さを感じているような気がする。

 

  こういうことが見えてきたからといって、対処法はわからない。そもそも、私はオフィスや喫茶店などで他人の会話や足音、咳払いなどの生活音が気になってしまう方で、それに比べれば、車のドアを隔てた外の音から受ける不快感は軽いものだ。状況に耐えかねるようであれば場所を移動できるし、総じてバンライフは快適に感じている。むしろ、人よりも神経質だと思っていた自分に「持続的・規則的な刺激」に対する耐性がある可能性に気付いたことは良い収穫かもしれない。