アラサー隠居

バンライフ、旅、持病のIBS(過敏性腸症候群)、読んだ本などについて

苦難の克服は誰かの希望になる【読書ノート】「足よ手よ、僕はまた登る/松田宏也」

 

 

 中国の高峰・ミニヤコンカでの遭難による凍傷で両手の指のほとんどと両脚の膝から下を失った松田宏也氏が、会社員として社会生活に復帰し、再び山を歩けるようになるまでの記録。先日読んだ「ミニヤコンカ奇跡の生還 (ヤマケイ文庫)」の続編だ。

 

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 松田氏は神奈川県厚木市の施設で懸命なリハビリに取り組むのだが、そうした様子は身体障害者の実態を知らない私にとって大変参考になった。義足を履きこなすには筋力トレーニングだけでなく、痛覚の通う生脚の切断部を、義足を履いても大丈夫なように慣らしていく必要があるようだ。「タッピング」という刺激訓練では、1キログラムの砂袋で切断部を叩かれたらしい。一方、過酷なリハビリに取り組む施設入居者同士ではやはり同胞意識が芽生えるらしく、ともにふざけ合う様子の描写などは微笑ましかった。

 

 施設には様々な障害を抱えた人が入居していたとはいえ、松田氏のように両脚を欠損した上で両手の指がほとんどない、という人は珍しかったようだ。そのため、松田氏が「本当に社会復帰できるのか」と不安でいたところ、同じような障害を抱えた老人が面会に訪れる。松田氏のことを新聞で知り、会いたいと思ったらしい。老人は義足で富士山に登ったことがあり、この間は新幹線で2時間立ちっぱなしでも大丈夫だった。親指だけの手で、箸も使えるという。その老人の話を聞き、松田氏は希望を見る。苦難を背負った人間は、同じ苦難を背負う別の誰かの役に立つことができる、という実例に思えた。その老人から希望をもらった松田氏の体験も、また別の誰かに希望を与えるのだろう。

 

 リハビリ中の松田氏は「今の自分は俗世間からすっかり離れてしまって、隠遁生活を送っているような感がある」と吐露しており、肉体面だけでなく精神面でも社会復帰に不安を感じていたようだ。実際に「隠遁生活」を送る私も同様の不安を抱えている。今はまだ俗世間から離れて約半年なのでその不安も小さいが、これが一年、二年となった場合、どうなっていくのだろう。