アラサー隠居

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社会は自死を肯定できるか【読書ノート】「自死という生き方/須原一秀」

 

 

参考になった知識(著者の主張)

・著者を自死に駆り立てたのは、「平常心で死を受け入れることは本当に可能か?」という仮説を「実証」しようとする研究者魂。

三島由紀夫自死は当時、世間から「狂気」と見られていたが、最近は「衰えていく自分を認めることができずに自死した」との説が有力になりつつある。

伊丹十三(映画監督)の自死は女性スキャンダルが理由と思われているが、かねてから「楽しいうちに死にたい」と思っていた本人が、女性スキャンダルの発覚を自死の好機と捉えたに過ぎない。

ソクラテスも質の低下した老後生活を迎えたくない気持ちがあったが、敬虔なキリスト教徒だったため、キリスト教で禁じられている自死ができなかった。そのため晩年の裁判で合理的な自己弁明をせず、意図的に死刑判決を受け入れた。

 

感想

 平常心での「死の受容」が可能だということを実証するため、2006年に65歳で自死した哲学者・須原一秀氏が書き残した本。世間一般的には、自死はなんらかの不遇によって精神的に追い込まれた人か、「狂気」に駆り立てられた芸術家や知識人だけがするものだと考えられている。須原氏は、これを否定し、三島由紀夫伊丹一三ソクラテスの3人の死も、単純に表現すれば「元気なうちに死にたい」といったもので、決して一般人と分け隔てるべき哲学ではないと訴える。

 

 私がこの本を読もうと思ったのは、祖母が先日、自死したからだ。持病の悪化で身体的苦痛が増すとともに、入院介護の必要が生じるようになったタイミングで決意し逝ってしまった。私は祖母の決断を肯定して良いものか、非常に悩んでいる。世間一般的な倫理観から言えば、死は「避けるべきもの」だが、「この世に思い残すことはない」と主張する祖母に苦痛の伴う闘病や介護生活(祖母は自立できない生活を嫌い、恐れていた)を強いるのも酷だと思うからだ。

 

 著者の息子である須原純平氏が本のあとがきで書いている。 

 父の自死という経験と遺された原稿を読んで、今まで怖くて考えたくなかった「死ぬということ」について本気で考えるようになり、考え方が変わりました。結果、死への恐怖が少し薄らいだように思います。

 父の自死からしばらくして、私たち家族が出した結論は、「父にもう会えないのは寂しいが、悲しむことではない」ということです。

 私もこの本を読んで、少し救われた気がする。本人にとって「前向きな自死」というのが存在しそうだと感じたからだ。

 

 身内の死について、理由のいかんに関わらず家族の心にもやもやが残ってしまうのは、死に対する議論が社会的にタブー化されていることも一因だと思う。私も先日、「【読書感想】人の死生観は短期間で変わる「生きる勇気 死ぬ元気/五木寛之 帯津良一」 - アラサー隠居」を書いた時は、祖母について「大変お世話になった高齢の知人」などと偽ってしまった。近親者が自死したことについて、世間様に対する後ろめたい気持ちがあり、インターネットでオープンにするのを躊躇した。

 

 どんなかたちであるにせよ、一種の「死」を社会は肯定できるだろうか。「命の軽視につながる」といった懸念について著者は、人工妊娠中絶の容認などがそうであったように、事前の心配事は実際は大した問題にならない、と反論する。また、「武士道」における切腹になぞらえた「老人道」的な自死は、「共同体構成員」としての尊厳を保つための自死であるので、自死を決断した人間がやぶれかぶれになって(共同体に害を与えるような)犯罪を犯すような真似もしない、と主張している。

 

 個人的には、「元気なうちに死にたい」という老人(あるいは老人の手前の年齢の人)の自死が社会的に肯定される場合、「苦痛を伴おうが、介護を受けようが、生きられるところまで生きたい」という人の肩身が狭くならないだろうか、と心配してしまう。社会は、医療や福祉によって生命を維持する人に対する尊重を維持できるだろうか。

 

 なお、本書解説で評論家の浅羽通明氏は以下のように指摘している。

 しかし、今日まで日常を共におくってきた家族、親友、同僚などにふいに逝かれてしまう「残された近親」の思いはどうなるのでしょうか。 

 氏(著者の須原氏)が決行を最初に告げた親友K氏は、「須原さんさびしいなあー」といいながら、真っ直ぐに思いを受けとめてくれたと10章1節にあります。しかし氏は、ご家族には何も告げていません。

 個人的には、家族は何も告げられていなくて正解だったと思う。健康なうちの自死など同意できるはずがないし、同意したとすれば一生涯、何らかの後悔や罪悪感が残ってしまうのではないだろうか。私も仮に祖母から自死の意図を告げられていたとして、同意できるはずがないし、祖母が(恐らく)家族の誰にも相談をしなかったのは、そういう配慮だったと推察する。